Column No53 『考える葦』

今から100年前、1923年9月1日午前11時58分32秒、相模湾を震源としたM7.9の大地震、いわゆる関東大震災が発生しました。190万人が被災し、死者行方不明者10万5000人、全壊・焼失した建物32万戸以上に達した未曾有の大災害でした。当時の経験を基に9月1日が防災の日として各自治体や企業で避難訓練をしているニュースはよく見ます。しかし、近年は東日本大震災をはじめとした数々の災害発生により、この記憶も上書きされつつあります。実際、日本赤十字社のアンケート調査によると、約半数の人が防災の日の由来が関東大震災発災日だと知らなかったというから驚きです。たしかに、この記事を目にしている方で当時を経験したという方はいないでしょう。100年前の災害と現代のインフラの状況は大きく異なり、近代の災害から得た知識のほうがより価値ある教訓となっているでしょう。特に、阪神淡路大震災以降、建築基準が厳格化され、インフラ、社会基盤ともに強固なものへと変貌しています。まさに、「人間は、自然のうちで最も弱い1本の葦にすぎない。しかしそれは考える葦である」(フランス思想家、パスカル)という言葉が当てはまります。

一方、医療者の視点から災害対策はどのように進化しているでしょうか。医療者の災害に対するアプローチとして、最初に思い浮かぶのがDMAT(災害派遣医療チーム Disaster Medical Assistance Team)です。2005年に発足した日本DMATは被災地において医療が適切に介入すれば避けられた可能性のある「防ぎえた災害死」を減らすことを目標としています。一見すると東京MERのような瓦礫の下の医療を思い浮かべるかもしれませんが、近年のDMAT活動はそれとは異なります。なぜなら、災害による死亡は、被災時の直接的な外傷だけでなく、災害の亜急性期以降における医療の不均衡から生じる災害関連死が大きな要因であることが明らかになったからです。これも、近年の災害に対して度重なるDMAT派遣を行ってきたことによる教訓を基にした変貌の一つです。現在は、病院避難・診療支援、通信・燃料・食料などの補給手配、広域搬送など医療圏における診療体制復旧をして医療需給の適正化を目指す活動にシフトしています。加えて、避難所・救護所といった医療者の介入が乏しく、保健師などによって対応していた部分での災害死を防ぐためのアプローチもされています。

勘のいい方はお気づきかもしれませんが、そこで我々臨床工学技士に関係してくるのが、透析患者と在宅人工呼吸器などの数の把握です。これらの患者が市町村毎にどのぐらい数がいて、どの避難所にいるのか?どの医療機関が受け入れを行えるのか?日臨工の災害対策委員会では以前よりこれらの情報集約に大変苦心されていると思います。一部地域ではDIEMAS(緊急時透析情報共有マッピングシステム)といった共通プラットフォームを用いた迅速な情報連携の取り組みもされています。https://arc-mec.com/diemas-lp/
さて、ではこの貴重な情報はどうやって「然るべき人の手」に渡るのでしょうか?

先日、私は岩手医科大学で行われた「日本災害医療ロジスティクス研修」に参加をしてまいりました。この研修の目標は被災した医療圏で困窮している医療ニーズを把握し、災害派遣に携わる多くの団体が現地にて情報収集や派遣調整のフィールドワークを行うことです。研修では実際に、盛岡周辺から宮古市の保健所まで車で片道2時間かけて現地に派遣されて保健所に寝袋で泊まり込みの演習を行いました。保健医療活動チームとして現地入りした私のミッションは「宮古保健医療福祉調整本部を支援する」ということでした。

初日、宮古保健所に到着早々、担当の保健師さん(訓練に協力してくださった実際の宮古保健所の職員さんです)に「何か医療ニーズで不足している情報や困りごとはありますか?」と尋ねました。しかし、その返答は私にとって驚きでした。「医療ニーズ…?我々も何も把握できていない状況で、避難所の状況もわからないです」と言われたのです。衝撃でした。言われてみれば被災地にいるからといって、災害の専門知識を備えているわけではないのです。彼ら自身も被災者であり、現場は混乱していて情報収集が急務であることを理解しました。本来、地域の医療体制を構築し復旧は、災害医療コーディネーターと呼ばれる指定医師が上記の調整本部を運営して行います。ただし、コーディネーターが不在である場合や、医師が災害について不慣れな場合もあるため、私自身が「然るべき人」となる必要がある場面もあるのです。(実際、市町村レベルのコーディネーターは常設でない場合や、医師会がローテーションで担当するケースもあります。)とにかく、情報が必要だと考え各団体が持っている情報を集約しました。DMAT、日本赤十字、警察、消防、自衛隊、保健所、行政担当者、医師会、薬剤師会、透析医会、臨床工学技士会など、様々な団体と調整し、濁流のような情報量の多さに頭がパンクしそうになりながら辛くも、医療体制の構築を進めることができました。ただし、訓練では透析医会や臨床工学技士会を想定していなかったため、私の方から、平時より情報収集の取り組みを行っていると伝える場面もありました。

災害に精通した団体でもそこまでは把握してないか、と残念に思いながら東京都の場合を調べてみると、「連携する指定公共機関には日赤、医師会、歯科医師会、薬剤師会、献血供給事業団、その他」としか記載がありません!なるほど、これでは知らない人も多いわけです。(もちろん、その他の中に含まれて協定を結んでいると思いますが)一方で、同じ資料の中に看護協会や柔道整復師会は名前と役割が明確に記載されています。研修の経験からも、私としてはこの差はとても大きなものと感じました。災害対策において、専門家の情報共有は精度が高く、判断の基盤となります。いくつかの窓口を介してではなく、ダイレクトな情報共有が判断を下す人々にとって貴重であり、災害時の対応力向上に大いに貢献します。さらに、調整本部では本当に多くの情報が入ってきますので、捌ききれない事態も往々にしてあります。そういった場合、直接の窓口があれば調整本部から専門団体へ情報を渡して解決案を提案してもらうという対策もとれるわけです。たった一文連絡先が書いてあるだけで、災害時の対応力向上に大いに貢献できるわけです。

なかなか、こういった行政の活動方針に名前が載るということは簡単ではないでしょう。団体として信用してもらう、情報の精度を評価してもらうなど様々なハードルがあると思います。それには我々のネットワークが強固であること、活動する力があることを知ってもらうためにも、連盟の活動や、業務実態報告の協力が不可欠です。ぜひ皆さんのご協力をおねがいします!

P.S
研修の帰り道、近づく台風の影響で大気が不安定になり宇都宮周辺で発生した多量の落雷によって停電し、新幹線が止まってしまいました。災害派遣は無事に帰宅するところまで決して気が抜けないのだと身をもって学んだ研修でありました。

関東ブロック 曽根 玲司那 

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