Column No.78 『国の存立危機事態と生命維持管理装置を扱う臨床工学技士の責務』

国民の命と生活を守ることは、政府の最も基本的な責務である。一方で、医療現場において生命を直接支えているのは、日々機器と向き合う医療従事者であり、その中でも臨床工学技士は、生命維持管理装置を通じて人の生存を根底から支えている専門職である。近年、人工呼吸器が経済安全保障推進法に基づく「特定重要物資」に指定されたことは、この両者が決して別の世界の話ではないことを明確に示した。

「国の存立危機事態」という言葉は、戦争や武力衝突を想起させがちである。しかし現実には、大規模災害、感染症のパンデミック、国際情勢の不安定化による物流遮断や部品供給の停止など、社会の基盤を揺るがす事態は、武力を伴わずとも起こり得る。こうした状況において医療が機能し続けられるかどうかは、社会全体の安定に直結する問題である。


人工呼吸器をはじめとする生命維持管理装置は、平時においては治療のための医療機器である。しかし有事においては、その性格は大きく変わる。代替がきかず、即席で増産できず、かつ専門的な知識と技術を持つ人材がいなければ運用できない装置が不足すれば、救えるはずの命が失われる。その結果、医療体制は急速に疲弊し、社会不安が拡大し、経済活動そのものが停滞する。これは新型コロナウイルス感染症の経験が、私たちに突きつけた現実である。

こうした背景のもと、政府は人工呼吸器を国家として守るべき重要物資として位置づけた。これは、人工呼吸器が単なる医療機器ではなく、「人を生かし続けることで社会を維持するための基盤」であると認識したことに他ならない。国民の命と生活を守る政府の責務と、生命を支える装置を現場で動かす専門職の責務は、ここで明確につながった。

では、その現場を担う臨床工学技士には、何が求められるのか。臨床工学技士は、生命維持管理装置の導入、点検、保守、運用を通じて、「いざという時に確実に使える状態」を平時から作り続けてきた。日常の点検や整備は目立たず、問題が起きなければ評価されにくい。しかし、有事において装置が稼働するかどうかは、その地道な積み重ねにすべてがかかっている。
重要なのは、政府が制度として供給を確保しても、それだけでは命は守れないという点である。装置の状態、消耗部品の劣化、代替機の有無、人的体制の限界を現実的に把握し、実際に運用できるかどうかを判断できるのは現場だけであり、その中心にいるのが臨床工学技士である。つまり、臨床工学技士は、経済安全保障という国家の仕組みを、現場で実体化させる「最後の担い手」と言える。

我々の使命は、患者一人ひとりに対する「治療」を支えることにとどまらない。生命維持管理装置を通じて、社会が危機に直面したときにも医療を止めないこと、すなわち「社会維持」を視野に入れることが、これからの臨床工学技士に求められる責務である。これは政治的な主張でも軍事的役割でもない。武器を持たず、静かに、確実に装置を動かし続けることで、国民の生命と生活を守るという、極めて実務的で現実的な責任である。

国の存立危機事態とは、特別な誰かが突然対応するものではない。平時に培われた専門性が、そのまま問われる場面である。臨床工学技士が自らの役割を「医療機器を扱う技術者」にとどめず、「社会を支える基盤を守る専門職」として捉え直すこと。それこそが、この時代における臨床工学技士の責務であり、次世代へ引き継ぐべき視座なのではないだろうか。

理事長 肥田泰幸

引用:
人工呼吸器を経済安全保障推進法の特定重要物質に指定(Medie医療材料データーベース)
https://www.medie.jp/topics/column/column_20260105
重要物資に人工呼吸器=経済安保、4品目追加―政府(リスク対策.com)
https://www.risktaisaku.com/articles/-/108267?utm_source=chatgpt.com

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