Column No.76 『見えない力』

『16トンと14トン』——これは、成人男性であれば約16トン(16,000kg)、成人女性であれば約14トン(14,000kg)もの「見えない力」が、常に身体にかかっているという意味です。この正体は「大気圧」。大気圧とは、地球の大気が私たちの体に均等にかけている圧力であり、重力の影響を受けているため、標高が高くなるほどその圧力は弱まります。高地に行けば行くほど空気は薄くなり、同じ体積の空気を吸っても酸素分子の数が減るため、体内に取り込むのが難しくなるのです。

飛行機が高高度を飛行する際には、この「大気圧」の管理が非常に重要になります。2009年7月にハイテク航空機が導入されるまでは、コックピットにはパイロット2名に加え、航空機関士1名の計3名が搭乗し、機体の与圧や空調、エンジンの管理などを手動で調整していました。飛行機が巡航する高度1万メートルの外気圧は、およそ0.2気圧以下で、そのままでは人間の身体はとても耐えられません。そのため機内では、与圧装置によって標高2,000メートル相当の約0.8気圧に保たれています。かつてはこの与圧の調整が航空機関士の腕にかかっており、快適さもその技量に左右されていましたが、現在ではすべてが全自動化されており、耳の痛みや不快感が少ないのも、精密な圧力管理システムのおかげです。

気圧の影響は空の上だけにとどまりません。たとえば台風が接近すると、中心の気圧が非常に低くなり、「大気による押さえつける力」が弱まることで、海面がわずかに持ち上がる「吸い上げ効果(ストームサージ)」が発生します。これが風による高潮と重なると、沿岸部では甚大な浸水被害につながることもあります。このように、気圧は天気や自然災害とも深く関係しているのです。

 

ここで、少し視点を広げてみましょう。

私たちが暮らす地球は、赤道付近で時速約1,670kmという速度で自転しています。しかし、私たちはそのスピードをまったく感じません。これは「慣性の法則」によるもので、地球とともに動いているすべてのもの(人、大気、建物など)が同じ速度で動いているため、相対的な動きがない限り、私たちは動きを感じないのです。

この「感じない動き」という視点から見ると、「静止衛星」という名前もまた興味深く映ります。静止衛星とは、地球の赤道上空約36,000kmを、地球の自転と同じ周期(24時間)で回っている人工衛星です。実際には毎秒約3.1kmという高速で動いているにもかかわらず、地上から見ると常に同じ位置にあるように見えるため、「静止」と呼ばれているのです。

地球の周りを回る月もまた、興味深い存在です。実は月は、年に約3.8cmずつ地球から遠ざかっています。これは「潮汐力(ちょうせきりょく)」と呼ばれる力によるもので、地球の自転エネルギーが少しずつ月に伝わり、月はそのエネルギーを利用して、ゆっくりと遠ざかっているのです。このまま何億年も経てば、月は今よりもはるかに遠くなり、地球から見える月の大きさは小さくなっていきます。満月の迫力は控えめになり、皆既日食のような神秘的な現象も、やがて見られなくなるかもしれません。

また、月の引力によって起こる潮の満ち引きにも変化が生じ、海洋の循環や生態系、さらには気候システムにも影響が出る可能性があります。潮の動きが穏やかになることで、海洋の熱エネルギーの分配に変化が生じ、地球全体の気温がわずかに低下するという予測もあるのです。

逆に、太古の地球では月は現在よりもずっと近くにありました。そのため地球の自転は今よりも速く、1日が短く、時間の流れそのものが今とは違っていたのです。月の影響が大きかったその時代には、潮汐の変化も激しく、太陽からの反射熱と相まって、地球は現在よりも高温だったと考えられています。

こうして見てみると、目に見えない力——大気圧、重力、慣性、潮汐、そして自転や公転といった宇宙の動き——が、私たちの身体や社会、さらには地球環境全体にまで深く影響していることがわかります。

 

 

では、ここで少し思考を変えてみましょう。

もし「偶然」と思われることが、実は「見えない力」に導かれていたとするなら、それは偶然ではなく、単に見えていなかった「必然」だったのかもしれません。因果律の立場では、「すべての結果には原因がある」とされます。つまり、「偶然」と感じている出来事も、実は何らかの原因が存在し、それを知らないだけだということです。この見方では、「見えない力」が存在する限り、それは「必然」なのです。そして、その「見えない力」が必然として姿を現したとき、私たちにとって大切なのは、「答えを出すこと」ではなく、「問い続けること」なのかもしれません。「見えない力」に意味があるのか? それとも、意味を与えるのは自分自身なのか?答えがなくても、問いを持ち続けることで、私たちの世界の見え方は変わっていきます。

では、あなたは、偶然と必然の境界をどこに引きますか?

次は、「見えない思考」について語りたいと思います。

では、また次回に。

九州ブロック理事補佐 山田 佳央